
1.臨死体験とは?
光のトンネルを抜けるとお花畑と川があり、川の向こう岸には多くの人がいて、「こっちにおいで」と手招いている。しかし、どこからか「そっちに行ってはいけないよ」「戻っておいで」という声が薄っすらと聞こえてきたので、その声の方へ進んで行くと、今度ははっきりとした家族の声で自分の名前が呼ばれていて、そこでハッとして目が覚めた。
上記は『臨死体験』の一事例ですが、世界中で報告されるこの不思議な体験は、単なる脳の作用なのか、それとも本当に冥途の入り口に立っていたのか?
臨死体験を科学的な視点で検討します。
2.臨死体験の主な現象
体外離脱
光のトンネルをくぐる、光に包まれる
お花畑と三途の川
生前の記憶の走馬灯
神様や仏様との邂逅
やすらかで穏やかな心地になる
境界線(「ここを越えたら戻れない」と感じる場所)に立つ感覚
これらは臨死体験として体験する代表的な現象ですが、臨死体験を経験した人の中には、その後の死生観が大きく変わったり(死への恐怖が無くなるなど)、中には、霊的な存在が見えるようになったり、UFOと度々遭遇するようになった人もいると言います。やはり、冥途の淵に立ったことで霊的な感性が高まったということなのでしょうか?
実際に自らも臨死体験をしたシスターの一人は、「死後、人は神様の限りない愛に包まれて、この世で味わうことのできない至福と喜びのうちに永遠の新しい命を生きる」ことを確信したと言っています。
3.科学的視点からの説明
a.脳内物質説
脳の酸素が希薄になると抑制性のニューロンが障害を受けることで、トンネルや光の感覚が見えると推測されています。また、それに伴う二酸化炭素の過剰も臨死体験症状の一因ではないかと考えられています。
DMT(ジメチルトリプタミン)を静脈投与すると脳内の情報処理プロセスに作用して、臨死体験に似た体感を得られたという調査報告があり、そのDMTは松果体という脳の奥深いところから分泌されているとのの内因性分泌説が挙げられています。
臨死に至った脳の環境変化に際し、特定の神経伝達物質が大量に生成されることで、独特の精神的体感に寄与しているとの仮説が説明されています。記憶、学習、注意力に関係する「アセチルコリン」、闘争・迷走反応、注意力、集中力、記憶力に関係する「ノルアドレナリン」、学習・記憶補助物質である「グルタミン酸」の過剰生成に加え、鮮明な幻覚についてはセロトニンによる5-HT1A受容体の活性化によるもの、また、体内の天然鎮痛剤であるエンドルフィンの一時的な増加や、ニューロンの活動を抑えるGABAも関連していると指摘されています。
b.REM侵入説
通常、覚醒状態では睡眠が抑制され、睡眠状態では覚醒が抑制されるが、これは両神経系のホルモンが互いに調節し合っているからです。臨死状態のような精神状態かではこの調節機能が失われ、交感神経系と副交感神経系がともに高まるという事態が起きているとみなされます。つまり、レム睡眠のまま覚醒状態を伴うと明晰夢となり、これが体脱体験であるとされ、覚醒状態においてレム睡眠侵入が起きるのが臨死体験であると言われています。
c. 心停止後の脳波の急拡大説
脳に酸素が供給されなくなると、細胞の燃料となるアデノシン三リン酸(ATP)があっという間に吸い取られるそうです。すると全てがちょっとした混乱状態に陥り、電気のバランスが狂って、大量の化学物質が放出されます。これに伴い脳の活動が急増し、特にガンマ波とベータ波が増加します。これらの波は通常、意識的な体験と関連しているようで、臨死体験に関与している可能性が提起されています。
4.反証しきれない事例と謎
臨死体験の一つに体外離脱がありますが、これらの中には自身の姿を客観視しているだけでなく、手術中の手術室の様子や医師の動作、会話の内容まで正確に記憶しているケースもあり、脳の活動だけでは説明しきれません。
また、臨死体験があくまでも脳の特殊な活動によるものであれば、脳死の場合には生じることはないと思われますが、脳死状態と診断された後に蘇生した患者が臨死体験を記憶していたという複数の調査事例が報告されています。また、事故等で脳に重大な欠陥を負い、事故前後から蘇生するまでの記憶は一切失っているにもかかわらず、臨死体験の記憶だけははっきりと覚えていたという調査結果も複数報告されています。
これらのことから、臨死体験とは、脳とは独立した通常の意識を超えたような意識現象の存在を示しているのでしょうか?
さらに、広島大学のレポートによると、意識とは脳で生み出されているものではなく、宇宙と一体化している意識を脳内に閉じ込められたもの、あるいは、脳が受容器の役割を担っているもので、臨死体験は脳内に閉じ込められていた意識が宇宙と一体化する現象であると真面目に論じられています。
5.結論:死後の世界か、脳の幻か?
臨死体験には幾つかの説が提唱されていましたが、未だ決定打には至っていないようです。しかし、かなり核心に近づいてきている印象は受けました。
ただし、臨死体験は科学的に再現可能な現象になりつつあると同時に、死とは至福の喜びと永遠の命を生きることだとか、意識とは宇宙に存在しているほんの一部をひとときお借りしているだけなのだとか、人間の死生観・意識観にも深く関わる現象であることが確認できました。
あなたはどれを信じますか?
参考資料
1) 臨死体験による一人称の死生観の変容
2) 脳死と臨死体験の記憶
3) 家庭画報 死んだらどうなる?シスター・鈴木秀子さん「臨死体験で確信した、永遠の至福の世界」
4) WIRED 臨死体験は「死後の世界」の証拠ではない? 実は脳の働きによる“幻覚”の可能性
5) 明治大学超心理学講座 体脱体験と臨死体験
6) ProjectCB 内因性DMTの謎
7) Webムー 臨死体験の起源は動物の“擬死”だった!? 生理学的な現象としての解明へ研究が進む
8) 気鋭の神経科学者ネルソンが体脱体験と臨死体験を探求する
9) ScantoX 臨死体験中に人間の脳はどのように神経細胞活動を生成するか
10) Esquire 全ての人間の脳にあるという「死の波」。科学者たちはそれを止めようとしています
11) 広島大学 意識の拡大と脳による制約 : 臨死体験に関する一考察